
 |
今日は少し遠出をして、DMZツアーにでかけます。
朝7時半にホテルロビーでピックアップの予定だったのですが‥。来ない。30分待っても来ない。ツアー会社にクレームの電話を入れたら、「今から別のガイドを手配します」とのことで、出発が9時になってしまいました。
おそらくお詫びのつもりだったのでしょう、ガイドさんがフエ名物というお菓子を大量に(!)買ってきてくれました。
四角い方は、ココナッツ入りのもちもちした食感。バナナの葉で包んである方は緑色のもちで、日本の草もちのような味。どちらも緑豆のあんが入っています。
|
1954〜1975年の間、北緯17度線付近を流れるベンハイ川によって、ベトナムは北と南に分断されていました。DMZとは、その境界線沿いに幅約10Km、全長60Kmにわたって設けられていた非武装地帯(Demilitarised
zone)のことです。ですが、DMZの一歩外側は、ベトナム戦争史上、最も壮絶な激戦地でした。
フエから車で2時間半ぐらい、ひたすら国道1号線を北上します。
ベンハイ川を越えて(フラッグタワーのようなものが建っていました)、ヴィンモックトンネルに到着です。
ヴィンモックトンネルは、クチトンネルのような戦闘用のトンネルではなく、村人が戦火を逃れるために掘った生活用のトンネルです。なので、クチトンネルよりは広くて歩きやすいです。
トンネル内には、井戸(3枚目の画像)や洗濯場(4枚目の画像)などがあります。
トンネルはかなり深く掘ってあり、下りていくとひんやり湿った感じがしました。私は身長150cmの小人なのでぎりぎり立って歩けますが、旦那とガイドさんは少し屈んで歩かないといけませんでした。
クチトンネルよりも広くて歩きやすかったです。また、海が近いせいかクチトンネルよりも幾分涼しく感じました。
|



 |


 |
トンネルの中には、当時の生活の様子が展示してあります。家族用の居住スペースで銃の手入れをするお父さん、勉強する子供、そして授産室の様子です。このトンネル内で17人の赤ちゃんが産まれたそうです。
二枚目の写真のお父さん手が取れてます。 |
| トンネルを抜けると海です。 |
 |

 |
海水浴場の海の家のようなところで昼食です。地元のおじさんたちが鍋を囲んでいました。シーフードを出してくれる予定だったようですが、海がしけてて漁に出られなかったらしく、ヤギ鍋とヤギ肉の炭火焼をだしてくれました。ヤギはもちろん初体験です!
ヤギ肉は全然臭くなくて、美味い!
鍋にはパイナップルやトマトも入っていて少し酸味があるけど、これも美味しかったです。
食堂にいた犬。
ベトナムの大衆食堂などでは、食べかすを床に捨てるのですが、この犬はそのおこぼれを待っている様子。大人しくて全然吠えず、時々テーブルの下を歩き回っていました。
何だか目が寂しげ...。 |
チューンソン国立墓地に立ち寄り、線香と花をお供えした後、ケサン基地跡へ向かいました。途中、高床式の住居があり服装も少し違っていたので、少数民族の村のようでした。
山岳民族は、いまだにこのマネキンと同じ格好をして高床式住居に住んでいました。 |
 |
 |
北ベトナム軍の野営
ベトナム人は、ハンモックでよく寝ていました。 |
ケサン基地跡
ここは、1967年4月24日〜1968年7月4日まで北ベトナム正規軍と米海兵隊とが激戦を繰り広げた要衝です。
ケサン基地は、ラオス東部国境から11km、DMZから24km、ドンハから50kmの標高約450mの高地に設営されました。基地周辺には、500m〜1,000m級の高地群が連なっており渓谷状の地域です。渓谷の中心には、ラオ・クワン河が蛇行して流れています。
米軍は、ケサン基地にDMZやラオスから侵攻する北ベトナム軍を阻止し、クワンチ省北西部西方防衛拠点、ラオス領内の敵を攪乱するための活動拠点、ホーチミンルートに対する偵察、遮断作戦の準備基地としての役割を持たせていました。
ケサン攻防戦で激戦となった場所には、南881高地、北881高地、861高地、585高地が点在しています。それぞれの高地は、ケサン基地から5km〜10km程度の距離にあり山頂付近は元々、樹木が生えておらずこれらの高地からは、ケサン基地を含む周辺一帯をかなり遠くまで監視できました。
|


 |

 |
バンカー跡
下の写真は、1967年当時のケサン基地の航空写真。 |
ケサンで米軍が使っていた装備品
これらの遺留品一式の中で一番下の画像にあるジャングルブーツが何かを語りかけてきているような気がしてなりませんでした。
|


 |
 |
ドラグノフSVD狙撃銃
北ベトナム軍やベトコンは、専用の狙撃銃を使わずにAK-47やモシンナガンで狙撃していました。それなのでドラグノフがあるのは珍しいです。
|
| AK-47(56式突撃銃?錆びていてよく分かりません。)とサイレンサー付きステンMk.I |
 |
 |
米軍が使用していた迫撃砲の砲弾 |
| 北ベトナム軍の使用していたRPGの発射筒と南ベトナム軍が使っていたM-1カービンライフル(手前) |
 |
 |
203mm自走榴弾砲の写真 |